オリラジ中田敦彦&福田萌がシンガポール移住5年で日本に帰国、理由を説明。子供の教育のために海外へ渡るも…

雑ネタ
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オリラジ中田敦彦と妻・福田萌

『オリエンタルラジオ』の“あっちゃん”こと中田敦彦さん(43)の妻で、タレントの福田萌さん(ふくだ・もえ 41歳)が、シンガポールに移住してから5年で日本に帰国し、家族5人で新たな生活を始めたことを女性向けライフスタイル誌『FRaU(フラウ)』の連載で明かし、ネット上では様々な声が上がっています。

中田敦彦さんと福田萌さんは2011年に、バラエティ番組『熱中スタジアム』(NHK BSプレミアム)で共演し、同年10月から交際に発展、2012年6月に結婚しました。

その後、2013年7月に第1子の長女(13)、2017年1月に第2子の長男(9)が誕生し、子供の将来を考えて英語や中国語を学ばせたいとの思いから、2021年3月に家族揃ってシンガポールに移住し、2023年12月に第3子の次男(2)を出産しました。

<↓の画像は、家族写真>
オリエンタルラジオ中田敦彦・福田萌夫婦の家族写真

そして、移住から5年経って日本への帰国を決断したそうです。

その理由について福田萌さんはFRaUの連載最終回で、シンガポールはもう十分にわかったから、と日本に帰りたいと言い出したのは夫だった。私は不安や迷い、子どもたちの将来のことなどいろいろ考えたけれど、結局はまた夫の船に乗るという冒険を選んだ。帰国もまた、シンガポールに移住した時とは違う種類の体力を消耗した。移住が勢いよく身を投げ出す冒険だったとしたら、帰国は何もかもを整えていく、まるで一度散らかしたものを、引き出しに一個一個収納していくような終わりの見えない作業だった。それでも、やはり中田敦彦というジェットコースターにやみつきな私がいるのも事実だ。」「日本に家族で戻ることは、正直迷いも不安もあるけれど、でも家族の全員が納得して出した結論だ」としています。

長女は、昨年冬に日本の中学校を受験して無事に合格したことも明かしています。

すでに帰国してから数ヶ月が経っているそうで、「今思うのは、元のチャプターに戻ったというより、新章の始まり、という感じ。映画だったら「〜リターンズ〜」とサブタイトルがつくのかもしれない。2歳の第3子という新キャラもいるしね。彼もいい感じに家族を引っ掻き回してくれている。これからどんな冒険が私たちを待ち受けているのか、それはわからないけれど、40代になって気持ちも体力も元気になってきた私と、海外で暮らして得た鋼のメンタルを携えた私がどうなっていくのか、まだまだ面白いことが起こりそうな予感がする。」などと、今後の日本での生活に期待を寄せています。

これに対してネット上では、

  • 結局帰ってきたんだ
  • シンガポールは十分に分かったってなんやねん。たかだか5年住んだだけで、シンガポールに失礼
  • 散々、旦那は日本下げしてなかった? シンガポール万歳だったじゃん
  • 中田って芯が弱い、コロコロ意見や方向性変える。影響されやすい揺らぎやすい。こういう人は海外で長く耐えられないんだろうね。
  • 15年前までシンガポールに住んでたんだけど、いい意味で厳しくて良い国だと思う一方、住んでる日本人は日本からの駐在員を除くと胡散臭いのばっかだった。
    妙に金遣いの荒い与沢翼風の男とお水の女がわんさかいた。実際、日本人女だけで構成されてるキャバクラが何軒かあった。
    タレントでもシンガポール移住してる人って、一般人の旦那さんが胡散臭い印象。お金さえあれば質は問わないという感じだったのが、あと一歩シンガポールを信用できない点だわ
  • ダウンタウンのまっちゃんのことも、もう怖がらなくて良さそうだし、日本で藤森が待ってるし、あっちゃん的にはこのタイミングで帰国が良かったのかもね

などの声が上がっています。

中田敦彦さんはシンガポールへの移住を決断した理由について、「大きな理由が教育で、それが一番といっても過言ではない」と語り、子供の将来を考えて日本を離れたとしていました。

シンガポールに移住する前の2020年末には、オリエンタルラジオが『吉本興業』との契約を終了し、コンビ揃って完全独立し、中田敦彦さんがシンガポールに移住したこともあり、コンビは解散していないものの、それぞれピンで活動をする形となりました。

<↓の画像は、中田敦彦さんと藤森慎吾さんの家族写真>
中田敦彦&藤森慎吾のファミリー画像

中田敦彦さんはシンガポールを絶賛し、子供が通うインターナショナルスクールについては、「遊園地のようで、凄く開放的で自由な雰囲気だし、ずっと座ってなさいという雰囲気ではなくて。なんと夏休みの宿題もない」などと語っていました。

自身は慶応義塾大学出身ですが「自分の教育キャリアに100%満足していない、インターナショナルな視点が足りなかった」とし、「僕の信じてる未来にコインを賭けたかった。『お父さんは、全力で君の生きる未来はこうなっているだろうと信じて、そこにフルベットした。それが間違っていたとしたらごめんなさい。だけど、君のために全力を尽くした』と言わないと俺は納得できないと思ったから、インターナショナルスクールに入れた」「少なくとも英語・中国語がしゃべれる人材の方が、英数国理社が何となくできる人よりも、はるかに有力な人材になると思う」などと持論を展開していました。

また、自身の仕事の変化も移住を決断した理由として挙げ、テレビの仕事が激減してYouTubeメインとなり、日本でなくても仕事が成立するようになったことも背景にあるとしていました。

しかし、結局は「シンガポールはもう十分にわかった」との理由で帰国を決断したそうで、子供たちもそれを望んでいたのかどうかは定かではありませんが、子供たちの教育のためとしてシンガポールに移住したにも関わらず、5年で帰国というのは色々と疑問を抱きますね。

こうして家族や相方を振り回している中田敦彦さんに対しては、ネット上で冷ややかな反応が飛び交っていますが、日本に拠点を戻し、これからどのような活動をしていくのかに注目したいですね。

参照元
  • https://gendai.media/articles/images/168732
  • https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/08/02/articles/20220802s00041000384000c.html
  • https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/07/31/articles/20250731s00041000374000c.html
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