瀬戸内寂聴が死去、享年99。死因は心不全、体調不良で入院し亡くなる。不倫で夫と娘を捨てた過去、奔放言動で物議も

訃報

瀬戸内寂聴

小説家で『天台宗』の僧侶・瀬戸内寂聴さん(せとうち・じゃくちょう 別名=三谷晴美)が、9日午前6時3分に亡くなられていたことが分かりました。99歳でした。

瀬戸内寂聴さんの死因は「心不全」で、入院先の京都市内の病院で息を引き取ったとのことです。

瀬戸内寂聴さんの訃報は公式インスタグラムでも伝えられ、「先月より体調不良のため、入院、加療しておりました。葬儀は近親者のみで執り行います。みなさまにおかれましても、静かに瀬戸内を見送りくださいますよう、何卒お願い申し上げます。恐縮ながら、お香典・お花はご辞退させていただきます。生前のご厚誼に感謝し、謹んでお知らせ申しあげます。誠に勝手ながら、来庵はお控えくださいますよう、どうかよろしくお願い申し上げます。」としています。

瀬戸内寂聴さんは1922年5月に、徳島市内の仏壇店の次女として生まれ、後に父親が養子縁組をしたことで「三谷」から「瀬戸内」に改姓し、1943年2月に結婚、1944年8月に第1子となる長女を出産しましたが、後に夫の教え子と不倫、1948年には家族を捨てて京都で生活を始め、1950年に離婚しました。

<↓の画像は、瀬戸内寂聴さんが20歳の頃の見合い写真>
瀬戸内寂聴が若い頃の顔画像

その後は上京して小説家を目指し、1956年に作家デビュー、1957年に小説『女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)』が『新潮社』の文学賞「同人雑誌賞」を受賞、その後は自身の不倫(三角関係)を描いた小説『夏の終り』で「女流文学賞」を受賞しました。

1966年に小説家・井上光晴さんと恋愛関係となりましたが、1973年に関係を断つために出家し、天台宗で得度し法名は「寂聴」としました。
1987年には戸籍名も「晴美」から「寂聴」に改名しました。

<↓の画像は、出家前の瀬戸内寂聴さんの写真>
瀬戸内寂聴の昔、出家前の顔画像

その翌年に出版した『寂聴 般若心経』がベストセラーとなって注目を集め、1988年には『源氏物語』の現代日本語文法訳を完成させ、生涯に発表した著書は400冊を超え、作家としても高く評価され、2006年には「文化勲章」を受章しました。

僧侶としては、岩手・天台寺で1987年~2005年まで住職を務め、2007年に滋賀・延暦寺の直轄寺院「禅光坊」の住職となり、荒廃した寺の復興に尽力したほか、定期的な説法を開いて、様々な悩みを抱えている人の話を聞き、励ますなどの活動を行っていました。

他にも、東日本大震災の被災者支援や平和活動などに力を注ぐなど、精力的に活動していました。

しかし、2010年には脊椎の圧迫骨折で寝たきり生活を余儀なくされ、2014年に2度目の圧迫骨折を治療中に胆のうガンが見つかり、摘出手術が無事に成功し、2015年に出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)ではガンが完治したこと、現在ではお酒も飲んでいることを明かしていました。

ガン治療から復帰後の瀬戸内寂聴さんの説法動画

そんな瀬戸内寂聴さんの訃報を受けてネット上では、

  • 寂聴さんのお言葉にたくさん救われました。ご冥福をお祈りします。
  • 昨日の細木数子さん、そして今日の瀬戸内寂聴さんのご逝去。とても残念です。ご冥福をお祈りいたします。
  • 年齢考えれば大往生だけど、元気なおばあちゃんのイメージが強くて亡くなった事にビックリ
  • 不倫して本書いて仏教の道。すごい人生だよね。
  • ついこないだまでビール飲んで肉食ってってしてたようにも思ってたんですけどね。
    ここまでギリギリ健康でしたいことを出来てたようだし、充実した人生だったのかもね
  • 生前はいろいろあったが、人を良い方向に導いていかれることで、御自身も救われていたのかな。
  • この人は悟り開いて聖人君子みたいなイメージあったけど、経歴知るとやってることむちゃくちゃで、被害を受けた人たちに思いを馳せるとなんか受け付けなくなった。
    まあ、そこから人間これだけ変われるのだってことかもしれませんが。何にせよ、安らかにお眠りください。
  • この方の女性としての生き方というのは賛否両論ありますが、1人の女性として影響力のある作家であり僧侶であったと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。
  • 日本文学科を志望するか迷っていた高校生だった時、ちょうど寂聴さんの現代訳源氏物語が出版され、古文の面白さを再認識して背中を押してもらえました。
    おかげで充実した大学生活を送れました。ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

などの声が上がっています。

瀬戸内寂聴さんが体調を崩していることは、寂聴さんの秘書・瀬尾まなほさん(33)が明かしており、風邪が長引いて苦しそうにしているとし、「来年100歳を迎える瀬戸内はコロナ禍になってから、法話もせず、人とも会わないので、以前より体力が衰えています。弱っている瀬戸内を見ると、最近特に不安になります。」と明かし、インスタグラムの更新も8月末から止まっていました。

<↓の画像は、今年8月にインスタグラムにアップされた瀬戸内寂聴さんの写真>
瀬戸内寂聴が亡くなる前のインスタグラム画像

そんな瀬戸内寂聴さんの突然の訃報を受けて悲しみの声や、過去の様々な言動から批判的な声も多く上がるなどしています。

瀬戸内寂聴さんは出家前に不倫の末に家族を捨て、その後も不倫を繰り返すなど奔放な性格をしており、出家後も恋愛・不倫については、「本当のね、恋の醍醐味は不倫ですよ」「しようと思ってするもんじゃなくて、雷のように落ちてくるんですよね。だから当たったら仕方ない」「情熱に身を任せて不倫でも何でもやってみたらいいじゃないですか。傷ついて別れたっていい、また誰かを好きになったらいいんです。」などと持論を展開していました。

素晴らしいと絶賛されるような説法をする一方で、倫理的にどうなのかと疑問を抱かざるを得ない言動も少なくなかったため、昨日訃報が伝えられた占い師・細木数子さんと同様に様々な声が上がっていますが、これまでに多くの本も出版し、様々な活動で功績を残した方が100歳を迎える前に亡くなってしまったのは残念ですね。

瀬戸内寂聴さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

参照元
  • https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/674246
  • https://www.instagram.com/p/CTMkyKJplMK/
  • https://www.instagram.com/p/CWHyVZhp7DI/
  • https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/3788273/
7件のコメント↓コメント投稿
  1. 1
    匿名
    ID:NDU4NTM1MTU3

    ボケもせず長生きしましまね
    凄いなぁ

  2. 2
    匿名
    ID:MTg4MzY1OTIz

    大っ嫌いでした

  3. 3
    匿名
    ID:MjU3OTAwODc4

    このひと、他人を傷つける言動も多かったよね。死ねば善人、みな仏様ってか。笑わせるね。

  4. 4
    匿名
    ID:MjU3OTAwODc4

    俺も大嫌いだった。イヤな発言も多かったし。でも、誰も責めないね。
    死ねば善人、逝けばみな仏様ってか。

  5. 5
    匿名
    ID:MjU3OTAwODc4

    亡くなるとみんな善人扱いされるよね。それほどのひとじゃなかったと思うけど。

  6. 6
    匿名
    ID:MTk5NzIwMDU4

    三田晴美さん(瀬戸内寂聴)は、夫の教え子と不倫。結婚後5年で家族を捨て京都に出る。恋の醍醐味は不倫だそうです。その後も不倫を繰り返す。多くの女性が惹かれるのもこんなところにあるかも。誰だってもっと素敵な人と出会えるかもしれない。私だってそんな期待は持っていますから。性欲を地で行った正直な方の様です。道徳とか倫理に縛られることのない人生。私には、真似をする勇気がありません。頭を丸めないと収まりがつかない。ちゃんと悟っておられます。ご冥福を心よりお祈りいたします。

  7. 7
    匿名
    ID:MTk4OTkwMTkw

    不倫によって捨てられた お子さんは
    どれだけ辛い人生を·····。と、思うと

    心底 指示するつもりにはなれませんでした。

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