吉本興業所属のお笑いコンビ『青空』(1997年結成)のボケ担当・須藤理恵さん(すどう・りえ)が、急死していたことが明らかになりました。45歳でした。
<↓の画像が、青空・須藤理恵さんの写真>
吉本興業の発表によると、須藤理恵さんは22日に亡くなり、27日18時から通夜、28日午前11時から大阪の斎場で告別式が執り行われ、喪主は母親が務めるとのことです。
また、「自宅住所、死因等につきましては非公表とさせていただきます」とし、死因など詳細は明らかにしていません。
そして、青空・須藤理恵さんの訃報を受けてネット上では、
- 最後に見たのはコロナ前のマンゲキでした。野球好きのおじさんが言いそうな、ちょっとマニアックなボケ連発で、それでも野球を知らない人でも笑わせる技量のある方でした。
また面白い漫才で笑いたかったです。とても残念です。ご冥福をお祈りいたします - baseよしもと全盛の頃数少ない女性コンビで面白かった。何があったかは存じませんがショックです。
- 野球の知識は凄かったよな。山田スタジアムと対等に喋れるのはこの人くらいやった。
青空は女版FUJIWARAって感じで、永遠の若手やからいつまでもマンゲキにおってもいいコンビやったのにな。 - ギャロップが優勝したTHE SECOND、そこにこの人達も出てきてくれるかな?と思っていたのがちょうど青空だったからすごいショック
こんな形で名前を見ることになるとは思わなかったし残念過ぎる。 - 病気だったのかな? しかし、15日前まで舞台に立っていて死因は未公表と言うことは……
- 病気や事故による死去ならそう発表しても別に差し支えないし、死去日と発表日の間隔が短いことから残念ながら「いのちの電話」関連かな…。
つい最近まで普通に仕事していたのだから、それ以外考えられないんだけど。
などの声が上がっています。
須藤理恵さんは大阪NSC(吉本総合芸能学院)の17期生で、同期は『バイきんぐ』、『ザ・プラン9』のヤナギブソンさん、ゴリけんさん等で、同い年で同期の岡友美さんと1997年に青空を結成しました。
コンビ結成後は、様々な劇場でのお笑いライブやテレビ番組に出演し、賞レースにも出場しており、『M-1グランプリ』には2001年の第1回で準決勝まで進出し、その後も2004・2005年にも準決勝進出を果たしています。
須藤理恵さんは後輩の面倒見がよく、後輩芸人を指導する教育係も務めていたといい、吉本の社員からも信頼されていたそうです。
一方のプライベートでは、相方の岡友美さんは2008年10月にできちゃった結婚し子供を2人出産していますが、須藤理恵さんは独身でした。
なお、昨年8月にYouTubeで公開された動画では、死ぬまでに結婚できるのかを双子コンビ『Dr.ハインリッヒ』に占ってもらい、いい人と巡り会えそうだという占い結果となっていました。
コンビは昨年に結成25周年を迎え、直近では今月9日に『ノスタルジック寄席 vol.7』(なんばグランド花月)で漫才を披露しており、6月19日には大阪でイベントを行う予定となっていました。
<↓の画像は、9日の『ノスタルジック寄席 vol.7』出演時の須藤理恵さん(右上)等の写真>
最後のライブ出演時の姿を見ると、少し前よりも痩せたようにも感じることから、何か病気を患っていた可能性もありそうですが、現時点でそうした情報は特にありません。
死因は病気なのか、それとも事故や自殺などによるものなのかは定かではありませんが、まだ40代半ばと若いですし、芸人としてもまだまだこれからというところで亡くなってしまったのは残念でならないですね。
須藤理恵さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。