赤木春恵が死去、死因は心不全。渡る世間は鬼ばかりの姑役等で活躍、晩年は骨折やパーキンソン病発症で療養生活
女優・赤木春恵さん(あかぎ・はるえ 本名=小田章子 おだ・あやこ)が29日午前5時7分に、東京・府中市内の病院で「心不全」のため亡くなられていたことが分かりました。94歳でした。
所属事務所『オフィスのいり』によると、最期は眠るように亡くなられたといい、通夜・告別式は近日中に都内で執り行われる予定とのことです。
赤木春恵さんは2015年9月に、自宅で転倒したことで大腿骨頸部(太もも付け根の関節部分)を骨折したのですが、この時すでに90歳を超えており、過酷なリハビリには相当な体力、精神力が必要とのことで、手術をせずに女優を引退するという決断をしました。
<↓の画像は、2013年に『毎日映画コンクール』の表彰式に出席した赤木春恵さんの写真>
それからは1日の大半をベッドの上で過ごす生活となり、加えて手足などに震えなどの症状が起こる難病『パーキンソン病』も発症し、「要介護4」(重度の介護や補助が必要なレベル)と認定されており、自宅での完全介護が困難な状態だったことから、週の大半をリハビリ施設で過ごす生活を送っていました。
しかし、頭はしっかりとしていてボケてもいなかったことから、2016年春には自伝エッセイのオファーを受け、人生の集大成として10ヶ月かけて自伝『あせらず、たゆまず、ゆっくりと。 93歳の女優が見つけた人生の幸せ』を完成させ、昨年3月に出版しています。
<↓の画像は、2015年ごろ、最後にテレビ出演した時の赤木春恵さんの写真>
事務所によると、最後まで頭はしっかりとしていたといい、足腰以外は元気だったそうなのですが、約1ヶ月前から体調を崩していたといいます。
そして、赤木春恵さんの訃報を受けてネット上では、
- 人情味ある演技で存在感のある女優さんだった。お疲れさまでした、ゆっくりとお休みください
- おしん、金八先生などなど昭和のホームドラマに欠かせない存在でした。ご冥福をお祈りいたします。
- 名作に出演し、名演技をしていた方々が次々にお亡くなりになりますよね。
年齢的に仕方ないことなのかもしれませんが寂しいですね。 - 名女優さんでしたね。金八先生の校長としての印象が強く思い出にあります。
眠るように旅立たれたとのこと…不謹慎かもしれませんが、私もそうでありたいと思いました。 - 『渡る世間』の頃、本人や事務所のもとに、“五月(泉ピン子)をいじめるな!”という手紙が結構来たという。
最初は驚いたり悲しんだが、次第にそれだけ世間の人が見てくれてるんだと思うようにした…という話を聞いて、やはり役者はすごいと思った。
今までいいドラマを見せていただき、ありがとうございました。
などのコメントが寄せられています。
赤木春恵さんと言えば、1979年~2011年まで出演した『3年B組金八先生』(TBS系)での校長先生役、2013年まで出演した『渡る世間は鬼ばかり』(同)での意地の悪い姑役の印象が強く残っていますが、その他にもNHK連続テレビ小説『藍より青く』や『おしん』、NHK大河ドラマ『おんな太閤記』など、数多くの名作と言われる作品に出演しています。
また、80歳を超えてからも女優として活躍し、2013年11月公開の映画『ペコロスの母に会いに行く』(森崎東監督)では、世界最高齢の「88歳175日」で映画初主演を務めた女優として、ギネス記録に認定されました。
ちなみに、その前に「世界最高齢での映画初主演女優」としてギネス記録に認定されていたのは、今年8月10日に92歳で亡くなられた赤木春恵さんよりも2歳年下の菅井きんさんでした。
<↓の画像は、「世界最高齢での映画初主演女優」として、ギネス記録に認定された際の赤木春恵さんの写真>
赤木春恵さんは母親役、姑役などで視聴者を惹き付ける素晴らしい演技を披露していた方で、『渡る世間は鬼ばかり』での嫌味な姑役を完璧に演じられるような方は、今の芸能界にはいないと言っても過言ではないほどの演技で大きな存在感がありました。
これまで披露されてきた演技の数々を思い返すと非常に寂しい気持ちになりますが、これからはゆっくりと休んでほしいですね。
赤木春恵さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
名作ドラマの共演者たちに尊敬された大女優、まさに大往生でした。
渡る世間は鬼ばかり、面白かったなぁ・・・ただただ残念。