今月23日にソチ冬季五輪の最終選考会を兼ねた、フィギュアスケートの全日本選手権最終日が行われ、鈴木明子さんが見事フリーで1位となる得点を獲得し、ショートプログラムで2位だったものの逆転優勝し、続いて2位には村上佳菜子さん、3位には浅田真央さんという結果になり、この3人のソチ五輪出場が決定しました。
この3人の中でも特にソチ五輪でのメダル獲得が期待されているのは、2010年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した浅田選手で、またソチ五輪が最後の五輪となると表明しているだけに注目が集まっています。
そんな浅田選手の知られざる苦労エピソードや、これまで話題に上がることの無かった父親の素性が明らかになっています。
【以下引用】
名古屋市内の通称「女子大小路」と呼ばれる一角で、真央の父・敏治(55)は売れっ子ホストとして知られた存在だった。
小学生の頃に父親が死去。繁華街で働いて、家計を支えてきた苦労人だ。
11年12月に早世した真央の母・匡子(享年48)も若くして両親を失っている。
姉と2人、それこそ身を削るような努力で生計を立ててきた女性だ。
■破産寸前まで娘に投資
青春を犠牲にして働いた男女は夜の街で出会い、やがて結ばれた。後の天才少女が生まれたのは、1990年9月25日。宝塚ファンの父はトップスター大地真央にちなんで「真央」と命名した。
母には家庭の事情で諦めた夢があった。
プロのバレエダンサーになる。その夢を託すように真央には3歳からバレエを習わせた。
「真央ちゃんが初めてリンクに立ったのは、5歳のとき。足首が鍛えられてバレエが上達する。そう考えて匡子さんはフィギュアを学ばせたのです」(浅田家の知人)
あくまで「バレエのためのフィギュア」で、真央はメキメキと頭角を現していく。
小3で全日本の新人発掘合宿に招集。小6で最難度のトリプルアクセルを跳んだ。
この子を金メダリストに育てる――。両親も腹をくくった。
バレエ教室をやめ、放課後は母の車で大須のリンクに移動し、連日5時間の猛練習。
スケート優先の生活で学校を休む日も増え、同級生と遊ぶ時間もなくなった。
■ノーブラ
「真央はブラジャーしていないから、楽でいいわね。舞の(胸を)半分もらいなさい」。週刊誌が報じた安藤美姫の発言。確かにお世辞にも大きい言えないサイズだ。
姉は〈舞の胸はEカップ〉というメッセージ付きプリクラ画像がネット上に流出している。
フィギュアは金のかかるスポーツだ。
コーチの指導料、有名クラブの登録料、衣装代、遠征費……。1年で大手企業の会社員の年収分が軽く吹き飛ぶ。
しかも姉の舞も国内トップ級のスケーターだ。独立した父の経営店は大繁盛だったが、姉妹の育成費を捻出するのは至難のワザだった。
名古屋市名東区の住宅地にある浅田家の登記簿を見ると、資金繰りの厳しさがうかがえる。
真央誕生の翌年に3階建ての住居を新築。
父はそのローンを抱えながら、05年8月に土地建物を担保に差し出し、大手消費者金融からカネを借りた。
極度額は1300万円に上った。
■ひっそりと街から消えた父
「あの頃が一番苦しかった。一家が破産してもおかしくなかった」
母が生前、知人に当時を振り返った言葉だ。
05年12月に15歳でGPファイナルを制して以降、真央は年4~7社とCM契約を結び、出演料は1本4000万~6000万円とされる。
年間1億円以上を稼ぐ、国民的アイドルとなった頃、父は密かに夜の商売から離れた。
「娘の体面を気にしたんだろう。最近はだいぶ減ったけど、まだ世間に誤解を受ける職業でもある。
自分の因果を、かわいい娘に背負わせたくない。そう考えたのでしょう」
とは、父を知る女子大小路の老経営者。
父はメディアの前に現れようとしない。どんな人物なのか。
本紙記者は浅田家前で対面した。
180センチ近い長身、ロマンスグレーを横分けにした風貌は歌手の玉置浩二を彷彿させる。
運転するトヨタ車の助手席にはサングラスに深紅の口紅、黒ずくめで大人っぽい衣装の真央を乗せていた。
直撃取材は真央の女性マネジャーに制止されたが、父の娘へのまなざしは柔和そのもの。
消費者金融の根抵当権が外れたのは07年4月、住宅ローンの完済は10年9月のことだ。
娘の稼ぎは育成に投資し、返済は後回しにした結果だろう。
■ひとり飯
現在、中京大近辺のマンションでひとり暮らし。
行きつけの定食屋で、ひとりで納豆を食べる姿が、しばしば目撃されている。
■淡い夢阻む連盟のソロバン勘定
「五輪という最高の舞台を集大成にしたい」
今季限りの引退を決めた真央。何よりカゴの鳥の生活だ。
10代前半から、ほぼ休みなく、黙々とスケート漬けの日々。
同級生たちのように合コンやデート、青春を満喫する機会はなかった。
「大学までスケート最優先の生活で、多感な時期を共有できた友人は見当たらない。
フィギュア界では“妹キャラ”で可愛がられているけど、心を割って話せる相手は姉の舞さんしかいないんじゃないかな」(スポーツライター)
1年前の雑誌インタビューで真央はこんな心境を吐露していた。
「出会いがないんです。本当は普通の22歳なんですけどね。みんなと一緒の日本人なのに」
引退後は結婚もしたいし、子供もたくさん欲しい。
そんな淡い期待に立ちはだかるのが「大人の事情」だ。
真央が鮮烈デビューを飾って以降、日本スケート連盟は空前のフィギュアブームに沸き、バブルを享受してきた。
公表する財産目録によると、06年6月末に約4・6億円だった「正味財産」は、13年同期でおよそ3倍の約13・6億円まで膨んだ。
貢献したのは主催大会の放映権料だ。
05年度に年約4500万円に過ぎなかった収入が、13年度には約2億円まで跳ね上がった。
「スケ連は資産を貯め込むだけで、後進の選手は全く育っていない。
真央たち黄金世代が引退し、視聴率が稼げなくなれば、テレ朝やフジの中継撤退は十分に考えられます」(広告代理店関係者)
■恋愛経験ゼロ伝説
まったく男の影が感じられない。高橋大輔や小塚崇彦との仲を勘ぐる声もあるが、互いにジュニア時代から顔を合わせてきた仲。
兄妹のような関係の域を出ないとか。
やはり……。
そのため、五輪後は真央を1年ほど休養させ、現役は続行させる。
18年の次回五輪に出るのかどうか。
ファンの気をもたせ、フィギュア界の屋台骨を支え続けてもらう――。
そんな声もメディア関係者から漏れ伝わってくる。
真央がささやかな夢をかなえる日は来るのだろうか。
■理想の相手
年上で優しくて面白い人。
辛酸なめ子との対談で北斗晶の夫で、レスラーの佐々木健介がタイプと打ち明けている。
【引用元:日刊ゲンダイ】
これにネットでは、
「ソチが終わったらすぱっと辞めたらいいよ」
「最後は金メダルを期待してるよ」
「キムヨナにだけには絶対に負けないで欲しい!!」
「引退したら色々な経験をしてもらいたいね」
「家族が別に何の仕事をしてたって本人には関係ないだろ」
などのコメントがありました。
現在のフィギュアスケートブームは浅田選手だけによるものではないと思いますが、浅田選手が居なければフィギュアを習う子供が増えるようなことは無かったと思いますから、この大ブームを牽引し盛り上げたのは間違いなく浅田選手ですよね。
浅田選手が引退することによって、このブームが終焉すると言われているのは残念ですが、これまで多くの期待をかけられ、一般人には決して理解することが出来ない重圧を背負ってきたわけですから、ソチ五輪後にはゆっくり休んで、それからじっくりと考えてもらいたいですね。
そして、浅田選手の父親が元ホストだったと言うことを初めて知り正直驚きましたが、調べてみると地元の方の間では有名な老舗ホストクラブのオーナーだったんですね。
それは、愛知県名古屋市新栄にある「カーネギー」と言うお店で、浅田選手のお父さんの源氏名は、「沢村翔」さんだそうです。
(↓の画像が、浅田選手のお父さん?の写真)