東京五輪の卓球・混合ダブルスで中国ペアを破り、日本卓球史上初の金メダル、男子団体でも銅メダルを獲得した水谷隼選手(みずたに・じゅん 32歳)が、7日に行われた記者会見で「自分の冒険もここまで」と語り、現役引退の意向を示しました。
水谷隼選手は会見で、2024年開催のパリ五輪についてどう考えているのか聞かれた際に、「東京で五輪が開催されると決まってから、この大会が集大成と思って一生懸命ずっとやってきた。最高の結果を残せて、よかった。東京で行われてなければ、リオが最後だったかもしれない。東京で行われたことに大きな意味がある。張本選手が素晴らしい活躍してくれて、頼もしい後輩がいるので、パリ五輪では、ぜひ頑張ってほしいという気持ちでいっぱい」
と、パリ五輪での活躍、メダル獲得は後輩に託し、自身は現役を引退する意向を示しました。
<↓の画像は、会見で現役引退の意向を示した水谷隼選手の写真>
改めて現役引退の意向を確認されると、「まだ最終的な判断はできないが、今の自分の気持ちでは卓球からは完全に離れると思います。」
と語っています。
水谷隼選手自身は、「40歳なっても、50歳なっても、卓球を続けたいという気持ちは持っている。そういう中で、競技人生を終えてしまうのは悲しいし、残念ではある。」
とも語っています。
そうした気持ちがありながら、なぜ現役引退をするのかその理由については、「目の影響がものすごく大きい。目が完治するならば、40歳でも、50歳でもやりたいが、現状、治療法もないということで、悔しいですけど、自分の冒険もここまでかなと思います。」
と説明していました。
これに対して水谷隼選手の後輩で、共に男子団体で銅メダルを獲得した張本智和選手(はりもと・ともかず 18歳)は、「1日かけて自分なりに説得したが、水谷さんの意志は固いし、それぐらいの覚悟を持っていたからこそ、混合で金メダル、団体でも最後を決めてくれたと思う。水谷さん自身で決めていただきたい。自分は、拒否はしないですし、その意見を尊重したい」
と話していました。
そして、水谷隼選手が現役引退の意向を示したことに対してネット上では、
- 残念!
- 聞かなかったことにするから撤回しろ!
- 卓球で目は致命的やな お疲れ様でした
- コーチもやらないのか、残念
- 完全に離れるといっても、指導者の道に進むんじゃないの?
- だから張本あんな抱きついてたのかな
- お疲れ様でした。第二の人生はギター侍とコンビ組んで頑張れよ
- 昨日までなんだかんだできてるなら継続してる方がいいんじゃないか
- 日本卓球の歴史に燦然と輝くレジェンド。もう少しやれると思うが、まずはお疲れさまと言いたい。また別の形で、後輩達を支えてほしい。
- 水谷の後輩たちが順当に伸びてきているからもういいよ。中国に勝って混合複優勝したのは皆が思っている以上に凄い奇跡。このまま引退が正解。
- 球筋見えないのにあれだけやれるのは異常。金メダル獲って引退はなかなかできないし、それはそれでいい引き際だとおもう
- 最後のゲーム、本当に格好良かった。今まで楽しませてくれてありがとうございました。
などの声が上がっています。
水谷隼選手は現役引退の理由として目の問題を挙げていますが、これは2019年3月に卓球メディア『Rallys(ラリーズ)』のインタビュー取材で激白し、大きな波紋を広げることになりました。
水谷隼選手はこのインタビューで、卓球を続ける中で目に様々な問題が起きていたことを明かしており、以前までは両目の視力が1.5ほどあったものの、5年前に左目だけ0.3ほどまで視力が急激に落ち、近視と乱視のような状態になったといい、それに加えて試合で電光掲示板が導入されたことで光が気になるようになったため、左目の近視や乱視を矯正するために「レーシック(屈折矯正手術)」を受けたそうです。
この手術を受けてからの5年間は絶好調で、2016年のリオデジャネイロ五輪の男子シングルスでは、日本卓球史上初めてシングルスで銅メダル、男子団体で銀メダル獲得の快挙を達成、2017年には自身最高となる世界ランキング4位にランクインしました。
そして、2018年1月ごろから突然球が見えにくくなるという症状が現れたといい、検査をしたところ右目の視力も落ち、少し近視と乱視の症状があったことから、手術するほどのレベルではなかったものの右目もレーシックを受けたそうです。
その手術も無事に成功したそうですが、症状は改善されなかったといい、球が見えない原因はレーシックにあるのではとの指摘に対しては、「アメリカに行って専門医にも見てもらったのですが、レーシック自体の経過はまったく問題無く、日常生活には問題が無い。白いボールでプレーして、後ろの電光掲示板の広告の色も白やグレーなのでボールが見づらくなるのは当然じゃないですか」
と語り、あくまでも照明の問題だとしていました。
水谷隼選手は、「相手がボールを構える。その時に(掲示板と)かぶって、フッっと球が“消える”」という症状に悩んでいたと語っているのですが、他の選手は同じ条件下でプレーし、照明によって球が見えにくくなることはあるものの、“球が消える”ということは無かったといいます。
こうした症状によって2019年のインタビュー時点では、「今の自分は全盛期の3割くらい」の力しか出せていないとし、それを少しでも改善するためにサングラスを着用するようになり、それでも5割くらいの力しか出せていないとしていました。
<↓の画像は、試合でサングラス着用の水谷隼選手の写真>
水谷隼選手はその後、週刊誌『フライデー』のインタビュー取材にも応じ、2019年4月から角膜の形状を矯正する近視治療「オサート」を受けていることや、治療によって少しずつ状態が改善していることを明かしつつ、まだ試合会場では球が見づらい状況だと告白していました。
球が突然見えにくくなった原因については、「急に2018年の全日本選手権で見えなくなったんです。原因は精神的なものかもしれません。張本(智和)との決勝戦で、極度の緊張もあってか、1球目にいきなりパッと見えなくなった。そこからずっとボールが見えなくなる環境が続いています。」
とも語っていました。
そんな水谷隼選手の目の治療を行っていたクリニックの院長は、「水谷さんは通常より角膜が少し薄い一方で、光に対する瞳孔の反応が敏感なため、暗所で瞳孔が瞬時に拡大する特徴がある。(中略)水谷さんの場合、暗い観客席と明るく照らされた卓球台との間で、視点を移すたびに瞳孔が拡大し、ボールが見えにくくなってしまったと思われる。これはレーシックの失敗というより技術的な限界。今はオサートで角膜形状が矯正され、多少眩しいことはあっても、ボールが消えることまではなくなった。あとはオサートレンズを細かく調整し、明暗と遠近との感覚に慣れていくことで、さらに見え方が改善できると考えている」
と説明していました。
そして、このインタビュー時点で水谷隼選手は「現役生活は東京五輪に合わせています」と言いつつも、目が元に戻ったら東京五輪終了後も現役を続けることも考えていると明かしていました。
2年前の時点でこのように語っていた水谷隼選手ですが、2019年春時点で東京五輪終了後は日本代表から引退する意向を示し、様々なトラブルに見舞われながらも自身最後の五輪では、日本卓球史上初の金メダル、そして男子団体で2大会連続のメダル獲得に大きく貢献しました。
水谷隼選手は“日本卓球界のレジェンド”と呼ばれる存在で、日本代表からの引退だけでなく、現役を引退して卓球から完全に離れてしまうのは非常に残念ですね。
ただ、現在も目に問題を抱えているとのことから、これも仕方がないと思う部分もあります。
水谷隼選手は2年前のインタビューで、現役を引退後は卓球界に残るという選択肢は全く無いと断言し、今後は起業してビジネスをやりたいとの思いがあると明かしており、自身の知名度などを活かして新たな活動をしていきたいそうで、具体的にはどういったことをするのかは不明ですが、新たなフィールドでの活躍にも期待したいですね。