左端が二階堂直樹容疑者
『春~spring~』などのヒット曲で知られる3人組グループ『Hysteric Blue(ヒステリック・ブルー)』(2004年解散)の元ギタリスト・リーダーで、山梨県甲府市在住の建設業・二階堂直樹容疑者(旧姓=赤松 41歳)が、強制わいせつ致傷容疑で逮捕されていたことが明らかになりました。
埼玉県警朝霞署の発表によると、元ヒスブルの二階堂直樹容疑者は7月6日午前2時15分ごろに、朝霞市内の路上を歩いていた20代女性に背後から近づき、口をふさいで押し倒し、右ひじに全治1週間の軽傷を負わせた疑いが持たれています。
<↓の画像は、元ヒスブル・二階堂直樹容疑者の逮捕報道写真>
二階堂直樹容疑者と女性に面識はなく、犯行当時は飲酒していたとみられるそうですが、取り調べに対して「体を触りたかった」「女性の口をふさいで胸を触ろうとしたのは間違いない」などと供述し、容疑を認めているとのことです。
<↓の画像は、元ヒスブル・二階堂直樹容疑者の供述>
二階堂直樹容疑者はわいせつ行為目的で帰宅途中の20代女性を押し倒したものの、女性が抵抗し声を上げたことで現場から逃走したとのことですが、犯行から5日後の7月11日に弁護人と共に朝霞署へ出頭、犯行内容を自供したといい、9月23日までに容疑が固まったことで逮捕に至ったそうです。
そして、元ヒスブルの二階堂直樹容疑者が強制わいせつ事件で逮捕されたことに対してネット上では、
- 最初捕まった時からして相当悪質だったみたいだし、十年やそこらで外に出したら駄目だって
- あれだけの罪を犯し、服役して相当懲りたはずなのに、一時の感情を抑えられないとすれば、女性がいない所で生活してもらうか、一生鎖に繋ぐしかない!
- 12年入ってても、再犯。もう解き放つのは危険過ぎる。被害者からしたら、人生観さえ変わる犯罪。
何年、刑務所暮らししても治らないなら、ずっと入れとくしかない - 自転車ですれ違いざまに触るマンガ原作者どころじゃないマジもんやな。しかも12年ぶち込まれてまた繰り返すってどんな病気だ・・
- 泣き寝入りしている被害者はもっと多いのかもしれません。なぜ常習犯を野放しにするのですか?性犯罪者にはGPSをつけてください
- あれ、こいつ再犯では?前も同じことがあったよな?初犯時に情状酌量されて減刑になったのに、再犯をした場合、減刑を主張した初犯時の裁判長、及び裁判官は名前を官報に載せるようにしてほしい。
- 山口容疑者もそうだけど、こういう人は根っこの部分の問題ですね。何回捕まろうが、どんだけ刑務所入ろうが、プログラム受講しようが、元々の思考が違うから意味がない。
- 実刑で服役、更生プログラム、でも再犯。この事実をよく見て、今後の判決や社会の対応をお願いしたい。
などの声が上がっています。
ヒスブルのリーダーを務めていた二階堂直樹容疑者は、1998年10月にメジャーデビューを果たし、1999年リリースの2枚目シングル『春~spring~』の大ヒットでブレークし、同年には『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしました。
その後も4枚目シングル『なぜ…』が、KinKi Kids・堂本光一さん主演ドラマ『P.S. 元気です、俊平』(TBS系)の主題歌に起用されヒット、自己最高のオリコンチャート2位にランクインするなどし、ヒスブルは一躍人気アーティストとなりましたが、2003年9月をもって一度活動休止しました。
それから半年後の2004年3月に、帰宅途中の20代女性の後を付けてマンション内に侵入し、その場で女性にわいせつ行為をしたとして、建造物侵入と強制わいせつ容疑で逮捕され、間もなくヒスブルの解散が発表されました。
<↓の画像は、2004年に逮捕された元ヒスブル・二階堂直樹容疑者の写真>
二階堂直樹容疑者は逮捕後に余罪を自供し、2003年11月~2004年2月にかけて、東京都内で当時15~29歳までの女性8人、女装した男性1人に対する強姦・強制わいせつ(未遂を含む)容疑で逮捕されており、一度暴行した当時17歳の女子高生の姿を携帯電話で撮影し、その写真をネタに脅迫して翌日にも呼び出し、暴行していたことなどが明らかになっています。
その後、2005年2月に一審で懲役14年(検察の求刑懲役18年)の実刑判決を受けるも控訴、2006年5月の控訴審で懲役12年に減刑され、上告が棄却されたことで刑が確定、山形刑務所に収監されました。
ちなみに、二階堂直樹容疑者には妻と子供がいましたが、後に離婚しました。
出所目前の2016年7月には、月刊誌『創(つくる)』に獄中手記「罪と償いについて考える」を寄せ、その中では、「オレの被害者の人たちは事件以降、こんな幸せさえ感じることができなくなってしまったのかもしれない。彼女たちは事件の傷とどう向き合い、どう乗り越え、あるいは乗り越えられず今も苦しんでいるのだろうか。本当に、本当に申し訳のない、取り返しのつかないことをしてしまった……」「たとえ死んでお詫びしたところで被害者の傷が癒えるわけでもない。ならば私は償うことさえ叶わない大きな罪を犯したのだという自覚を持ち、一生それを背負って生き続けなければならないのだ。」
などと綴っていました。
また、「服役を終え自由を手にした後こそが真の償いの始まりである」とし、「自分の被害者に対して償えないのであれば誰に対して償うのか。まずは『未来の被害者』なのだと思う。今はまだ被害に遭っていないが将来何らかの事件に巻き込まれるかも知れない存在。つまり私自身が再犯に至らないことを大前提として、その上でなお、新たな犯罪を防ぐことができないだろうか。」
などと綴り、服役中には「R3」と呼ばれる更生プログラムを週2回、半年にわたって受講したことや、キリスト教の信仰を得たことにより、自分の罪と向き合うことが出来たとしていました。
このR3という更生プログラムを受けた性犯罪者が出所後に再犯する割合は9.9%、非受講者は36.6%(2015年度版『犯罪白書』より)とのデータも記していました。
そして、刑務所から出所した二階堂直樹容疑者は社会復帰施設に入所、社会活動も行っていたそうですが、二階堂容疑者とみられる人物が2016年9月に開設したツイッターアカウントでは、以前と変わらない女性への執着を見せながら、別のアカウントではフェミニストとしての活動を行っていたとされています。
フェミニストとしての活動を通して、様々な女性に近付いていたのではとの憶測なども以前から飛び交っていたようです。
かつて二階堂直樹容疑者と交際していたという女性もブログで、そのアカウントや二階堂容疑者の過去の乱れた女性関係について記しており、関係を持っていた当時は20人以上の“愛人”がいたといい、東京・渋谷のクラブに頻繁に出入りしては、スタッフが調達してきた女性を強引に自宅へお持ち帰りしていたといいます。
この女性も二階堂直樹容疑者から愛人と呼ばれていたそうで、妻が出産のために里帰り(女性は結婚や妊娠は知らなかった)している間に、自宅へ来るように言われたことなども明かしています。
これらの話がどこまで事実かは不明ながら、10年以上にわたって刑務所に入り更生プログラムを受けても、路上で女性を襲うという行為が止められずに逮捕されており、この“病気”は恐らく一生治らないものなので、今後さらに被害者が出ないように厳罰を下すか、容易に社会復帰をさせない形にしてほしいものですね。