遠藤ミチロウ死去、享年68。ザ・スターリンのボーカルが膵臓ガン患い亡くなる。ファン等から悲しみの声

訃報 音楽
  • 0

遠藤ミチロウ

1993年に解散したパンク・ロックバンド『ザ・スターリン(THE STALIN)』のボーカリストで、ミュージシャンの遠藤ミチロウさん(本名=遠藤道郎)が4月25日に、膵臓(すいぞう)ガンで闘病の末、東京都内の病院で亡くなられていたことが明らかになりました。68歳でした。

遠藤ミチロウさんの訃報は公式ツイッター上で伝えられ、所属事務所が5月1日未明に、「遠藤ミチロウは、昨年より膵臓癌を患い闘病を続けてまいりましたが、2019年4月25日に都内の病院にて永眠いたしました。葬儀は本人の意向により近親者のみで執り行いました。後日、音楽葬を行う予定です。生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます。」と約1週間前に亡くなったことを明らかにしています。

<↓の画像が、遠藤ミチロウさんの訃報ツイート写真>
遠藤ミチロウ訃報ツイート

遠藤ミチロウさんは昨年8月以降、体調不良による入院や療養を理由に予定していたライブへの出演中止し、同11月には8月下旬に「膵臓ガン」と診断され、10月22日に手術を受けたことが明らかにされました。

手術後は自宅療養とリハビリを続けているとしたものの、詳しい病状や復帰時期については明らかにはせず、遠藤ミチロウさんはこの時点で、「いつ頃元気になって、また歌えるようになるかは予測がつきませんが、今後ともよろしくお願いします。」とコメントしていました。

<↓の画像が、遠藤ミチロウのコメント写真>
遠藤ミチロウ最後のコメント

遠藤ミチロウさんは福島県二本松市に生まれ、福島県内で一番の進学校だった福島高校卒業後は山形大学人文学部へ進学、大学卒業後は東南アジアを放浪し、帰国後に音楽活動を始めました。

音楽活動開始後は、パンク・ロックバンド『コケシドール』『バラシ』『自閉体』などを経て、1980年に『ザ・スターリン』を結成し、1982年リリースのアルバム『STOP JAP』でメジャーデビュー、ライブでは客に向かって動物の生首や臓物を投げつけたり、全裸状態で過激なパフォーマンスを披露するなどして注目を集め、スターリンは過激な言動も含めて伝説的なパンク・ロックバンドとなりました。

<↓の画像が、当時の『ザ・スターリン』メンバーの写真>
スターリンのメンバー画像

しかし、メジャーで3枚のアルバムをリリース後の1985年に一度解散しましたが、1989年には再結成、1993年に2度目の解散後も、遠藤ミチロウさんのライブイベントなどで一夜限りの復活などを果たしています。

スターリンの2枚目シングル曲『ロマンチスト』ミュージックビデオ

なお、1981~1982年に2代目ギタリストを務めたタムさんは2011年1月に肝障害よって52歳で亡くなり、初代ベーシストの杉山晋太郎さんは、1996年4月に泥酔状態で倒れて36歳の若さで亡くなられています。

2人に続いて遠藤ミチロウさんも亡くなられたことが明らかとなりネット上では、

  • 初めてスターリンを聴いた時の衝撃は忘れません。
  • 吐き気がするほどロマンチックなヒトだった。。。
  • あなたのおかげで、人生めちゃくちゃになりました。ありがとうございました。愛してます。
  • 『仰げば尊し』をパンクロック・アレンジで歌い、名曲を若い世代にも伝え聴かせる手法に、若い頃、感嘆致しました。。。御冥福を御祈り申し上げます。。。
  • 30年以上前に働いていたライブハウスでミチロウさんのライブがありました。
    パフォーマンスは過激でしたが、お客さんが帰った後の会場で客席にまいたニワトリの肉を自ら拾って掃除される姿に驚いたものです。
    私達スタッフへの接し方も誠実な方でした。心からご冥福をお祈りいたします。
  • 令和となったと世間が浮かれている中で飛び込んできた訃報…ビックリした。ご冥福をお祈り申し上げます。
    ひとつの時代を切り開いた日本のPUNKを築いた。貴方の音楽は時代を越え受け継がれる事と思います。
    このタイミング(平成最後)ってのも何だか、らしくてカッコイイ…合掌

などのコメントが寄せられています。

また、遠藤ミチロウさんと生前親交があった方や、大きな影響を受けたミュージシャンなどからも追悼コメントが続々と寄せられています。

遠藤ミチロウさんは膵臓ガンが発覚する前の2005年ごろにはリウマチを患い、2015年には膠原病(こうげんびょう)の「SLE(全身性エリテマトーデス)」という病気を発症していることを公表していました。

この病気は免疫が身体を攻撃してしまうことによって、内蔵や血液が炎症を起こしてしまうものといい、「これは治らない病気で、薬で暴れる免疫を押さえつけて、低いところでコントロールする。そういう病気なんですね。ですから一生薬を飲み続けなければならないんです。」とインタビューで語っています。

また、SLEの後遺症により両手足がしびれるため、以前のように全国をまわるようなツアーをするのは厳しく、病気が原因で紫外線に当たることも禁じられているため、屋外のライブ出演も出演が難しいと明かしていたほか、「免疫抑制剤とステロイドで免疫を押さえつけているので感染症にかかりやすい。リウマチの方だと、今の特効薬は抗がん剤なので、抗がん剤とステロイドと免疫抑制剤を飲んでいます。完全に薬漬けです。」と、満身創痍の状態にあることを告白しています。

そうした中で膵臓ガンを発症していることが昨年発覚し、手術を受けたのですが、膵臓ガンは他のガンに比べて進行スピードが早く、有効な治療方法が確立されていないことで生存率が極めて低いガンとして知られており、病気が公表された後には心配の声が上がっていました。

遠藤ミチロウさんは日本のパンク・ロックシーンに多大な影響を与えた1人で、晩年もギターを抱えてライブハウスなどで精力的に活動し、地元・福島の復興のために2011年には『プロジェクトFUKUSHIMA!』を音楽仲間らと設立し、復興支援ライブなども開催しており、本人もまだまだ音楽活動していきたいという気持ちだったのは間違いないですし、今後も活動する姿を見たかっただけに亡くられてしまったのは残念でなりません。

遠藤ミチロウさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

参照元
  • https://twitter.com/michiro60/status/1123248153036070912
  • http://apia-net.com/michiro/schedule.html#Anchor-can
  • https://www.musicman-net.com/relay/63282
コメントを残す

前の記事次の記事
芸トピの最新ニュースをお届け!