音楽プロデューサー朝本浩文が53歳で死去。自転車転倒事故で意識不明状態になり、帰らぬ人に…UAやイエモンらの楽曲手掛け活躍

朝本浩文

『AUTO-MOD』や『MUTE BEAT』などのメンバーとして活動していたほか、音楽プロデューサー・DJなどとして活躍していた朝本浩文さんが、11月30日14時55分に53歳の若さで亡くなっていた事が明らかとなりました。

葬儀はすでに密葬で執り行われ、後日「朝本浩文を見送る会」を開催する予定とのことです。

朝本さんは2014年9月11日の22時38分ごろ、自転車に乗って自宅へ帰る途中に、路上駐車していた車を避けたところ、正面から走行してきたタクシーが通り過ぎた後に転倒し、左右の頭を強打して意識不明の状態となっていたことを朝本さんの妻・由美さんがフェイスブックで明かし、目撃情報などの情報提供を呼びかけていました。

事故から1年半が経った今年3月20日には、一時心臓が停止し、心臓マッサージによって一命を取り留めたものの、てんかんの症状が1~2週間ほど続き生命の危機に陥り、6月9日に由美さんはフェイスブックで、「心臓が停止した間に受けた脳や体内のダメージにより、以前のように目で動くものを追ったり鍵盤を鳴らしたり、手を動かしたり足を伸ばしたりの反応は無くなってしまいました」と現在の状況を報告。

しかし、由美さんは「いつか何らかの形で意思疎通ができること」を望んで、様々な病院に転院させたり、24時間体制で看病を続けていたのですが、事故から2年2ヶ月が経った11月30日に帰らぬ人になりました。

これは由美さんが3日にフェイスブックで明らかにしたもので、由美さんは「11月30日、14時55分に朝本浩文は永眠いたしました。幸い私は最期を見届ける事が出来ました。事故から2年2ヶ月に及ぶ、長い療養生活でしたがとても安らかな旅立ちでした。」と、朝本さんの最期を看取ったことを伝え、「朝ちゃん、これからは安らかに。本当にありがとう!朝本浩文の美しい楽曲の数々が、彼の魂と共に生き続ける事を願っております。これまでの主人に対する皆様のご厚情、ご配慮、そしてあたたかくお見守り下さいました深い愛情に、心より感謝申し上げます。」などと綴っているのですが、突然の訃報に対してネット上では、

  • まだこれから音楽活動できるはずだったので無念でしょうね。奥様も介護お疲れさまでした。
  • まだ、若いのに残念…。自転車も乗り方によっては、被害者にも加害者にもなりうるので、今一度、気を引き締めて走行しなければいけないね。
  • UAの楽曲は素晴らしかった!アベフトシも自転車事故だったけど、やっぱ転んだら命にかかわるよね。
  • そう言えば自民党の谷垣さんも、チャリでの事故だったけど・・・。あの人はその後、どうなったんだろう?
  • MUTE BEAT 格好良かった。UAのプロデュースが良かった。復活して欲しいと願ったが。非常に残念。
  • イエモンが復活した年に…悲しい

などのコメントが寄せられています。

朝本さんは1985年に、ロックバンド『AUTO-MOD』にキーボーディストとして参加し、1986~89年にかけてはダブ・バンド『MUTE BEAT』に参加。

また、セッションミュージシャンとして『THE MODS』や『THE ROOSTERS』などのロックバンドに関わり、『MUTE BEAT』を脱退後の1991年に、音楽ユニット『Ram Jam World』を結成。

その一方ではプロデューサーとしても活躍し、UAさんのヒット曲『情熱』や『THE YELLOW MONKEY』の『バラ色の日々』、その他にもSugar Soulさん、広末涼子さん、沢田研二さん、『THE BOOM』など、数多くのアーティストの楽曲を手掛けていました。

朝本さんは自転車事故が原因で亡くなってしまったのですが、昨年7月には、お笑いトリオ『安田大サーカス』の団長安田さんが、トライアスロン大会の自転車競技中に前頭部を強打し、救急搬送されるという事故がありました。

さらに今年7月には、自転車愛好家として有名だった前自民党幹事長の谷垣禎一さんが、東京都内をサイクリング中に転倒し、頸髄損傷によって入院することになり幹事長を辞任。

事故から2ヶ月後の9月に初めてメッセージを発表し、外科的な措置は完全に終了し、機能回復のためのリハビリに取り組んでいることを明かしています。

この他にも、有名人の自転車事故は数多く発生しており、事故によって亡くなっている方も少なくないため、改めて自転車などに乗る際にはよく注意しなければならないと思いますね。

朝本浩文さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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